由夢【ゆめ】のスマホゲーム シナリオ紹介 ※旧:由夢【ゆめ】の備忘録

スマホゲームのシナリオ紹介と趣味のPC関連を紹介します。

死笑(仮称) ホラー短編

浴室の天井を見上げながら、大介は考え事をしていた。はじめは慣れなかったホテルのユニットバスも、なんとか使いこなせるようになってきている。二日目の京都。適当に有名な神社を、まわって歩いた。男二人という色気のない旅でも、気の置けない友人との旅行は楽しい。しかし、交通費をけちって、ほとんどの行程を徒歩で移動したのは少々堪えた。大学に入ってからはそれまで続けてきたサッカーもやめ、ろくに運動をしていなかったため、両足は立ち上がるのがおっくうになるほど疲労していた。明日は筋肉痛だろうな。浴槽の中の足に触れ、確かめるようにして筋肉をほぐしていると、 
「ガンガンガン!」 
突然、何かが風呂場のガラス扉を激しく打った。 
「おい、早く出ろよな。疲れてんだよ、俺だって」 
浩太の声だった。一瞬驚かされたことにムッとしたが、浩太の露骨に苛立った声を聞いて、先ほどの馬鹿騒ぎを思い出す。大介にもまだ酒が残っていた。つい、笑ってしまう。 
「わかったよ、もうちょい待ってろ」 
適当にあしらってやると、浩介はわざとらしく足音を立てて、部屋へ戻っていった。体も温まっていたので、そろそろ出てやろうかと思っていたが、ああ言われると逆に、すぐ出ていくのも悔しい気がして、もう一度深く、湯に体を沈める。数分して頭もぼーっとしてきたころ、 
「ドスン」 
異様な音が聞こえて、大介は動きを止めた。重いものを床に叩きつけたような、鈍く、振動を伴った音。少し待たせすぎてしまっただろうか。浩太は頼れるいいやつだが、機嫌を損ねると面倒なところもある。以前、浩太と喧嘩になったとき、スマホを奪われ、サークルのメンバー全員に、秘蔵フォルダの中身を公開されたときのことを思い出す。浩太のために、大介はさっさと上がってやることにした。手早くバスタオルで体を拭き、洗面台の脇に置いておいたTシャツと短パンに着替える。大介は濡れた髪をタオルで乾かしながら、リビングに繋がる扉へ目を移した。外からはなんの音も聞こえてこなかった。あれほど急かしてきた浩太のことだ、大介が出てきたとわかればすぐに、 
「早く開けろ」 
と、催促してくると思っていた。それに、大介が風呂に入るまでついていたはずのテレビの音声も、部屋からは聞こえてこない。大介は声をかけてやることにした。 
「おーい、でたぞー」 
なんの反応もなかった。アイツ、人を急かしておいて、先に眠ってしまったのだろうか。出ていって叩き起こしてやろう。そう、思った時だった。 
「アハハハハハ、…ンヘ。ヒ、ヒャハハハハ」 
突然、誰かが笑った。浩太の声ではない。女の声だった。ぎょっとして、大介は動きを止める。笑い声はこれ以上ないほどに可笑しそうだったが、同時に、何度もせき込むその声は苦しそうで、とても異様なものだった。笑い声が止んでからも、大介は惚けたままだった。何秒かかっただろうか。銅像のように固まっていた大介は、離散していた意識を、懸命にかき集めて集中し、扉の向こうの物音に耳を澄ました。なにも聞こえてこなかった。それがかえって恐ろしかった。ナンパでもして、浩太が連れ込んだ女の声だろうか。そして、浩太の差し金でふたりして自分をからかっている。しかし、大介が風呂に入ってからまだ20分ほどしか経っていない。こんな短時間でそんなことが可能なものだろうか。いや、それ以前にここからは、部屋の物音が嫌でも耳に入ってくる。風呂に入っている間、浩太が部屋から出たり、ましてや、女を親しげに招き入れたような様子など、一切なかった。 
異様な物音に、呼びかけに応じない友人。それに、常軌を逸した女の笑い声。嫌な想像が、頭を席巻し始めていた。大介は身じろぎひとつできなかった。薄いガラス扉を隔てた先には、得体のしれない何かが、俺が動くのをじっと待っているかもしれない。ガラス扉は施錠されていたが、安心感は微塵もなかった。浩太はどこへ行ってしまったのだろう。部屋は依然として静まり返ったままだった。息を殺すように、押し黙って数分。浴室の湿気と嫌な汗が不快感を煽っていた。着替え以外に、浴室にはなにも持ち込んでいない。携帯も、部屋に置いたままだった。こうしているのも限界だった。意を決して、俺は手近にあった小さなトイレモップを手に取り、ガラス扉の把手に手を掛けた。鏡に映った姿を見て、心底情けない格好だと思った。浩太が見れば、しばらく笑いものにされるだろう。でも、どこかでそうなってくれればいいと、大介は考えていたかもしれない。極力、音を立てないように、把手を握った左手に体重を載せ、ゆっくりとそれを引いた。わずかな隙間が生じ、開けてすぐの、姿見に映る自分に驚いて、思わず心臓がはねる。しかし、そのまま息を飲んで、浴室を飛び出した。 
その瞬間、ためらいや、恥など吹き飛んでいた。いつもの日常があると信じたかった。浩太の顔を見て、一秒でも早く安堵したいと、心から願った。その気持ちが大介を逸らせていた。目線の先にも、部屋のどこにも、浩太の姿はなかった。その代わりに、閉めておいたはずの、ベランダに続く大きな窓が開いていて、京都の夜気を呼び込んでいた。大介は鼓動を落ち着けながら、とぼとぼと手前のベッドまで歩み寄ったところで、あることに気が付いた。わずかに頭を朦朧とさせていた熱がスッと引き、大介は身を凍らせた。窓辺に、カーテンが揺れている。その向こうに、人影を見たのだ。動けないでいる大介に気がついたソレは、ゆっくりと振り返って、向きなおった。 
深夜2時1分、夜明けはまだ遠い。部屋には微かな、樟脳が香っていた。

 

 

 

                                                            スポンサード リンク